東南アジアが熱い。

最近になり中国の地政学的リスクが高まっている事もあり、東南アジアの熱狂ぶりには益々拍車がかかっている。

なかでも人口や経済規模で他より頭一つ飛び抜けているインドネシアに、俄然注目が集まっている。

実際にインドネシアがどのくらい「熱い」のか?
それを定量的に捉えるために、98年のアジア通貨危機後から昨年2011までの14年間のインドネシアの名目GDPの推移と、最も近似している日本の時期がいつであったかを探ってみた。

下記グラフが、その答えである。


インドネシアの現在と最も近似しているのは、日本の1965年から1978年であった。
GDPの金額および成長カーブにおいて、上記グラフの通り、ほぼピッタリ合致している。
両国ともこの時期に、GDP1千億ドルから、10倍の1兆ドルを伺うほどの急成長を成し遂げている。

日本のこの時期は、いわゆる第二期高度経済成長期と言われ、後にも先にも日本が最も経済成長を成し遂げた時期である。
64年に東京オリンピック、70年の大阪万博などがあり、GNPで西ドイツを抜いて世界第2の経済大国になったのは1968年だ。

世界的、歴史的に、ここまでの急成長は例がないと言われている。
「Japanese miracle -東洋の奇跡-」と言われ、戦後焼け野原で何もないところから世界第2位の経済大国まで上り詰めたという驚異の成長を成し遂げた日本を、他の多くの国がお手本にした。マレーシアのマハティール首相が日本人の大前研一氏を国家アドバイザーに雇って「ルックイースト政策」を実施した例などは有名だ。

このように、現在のインドネシアは、経済の成長率ならびに規模において「世界的に例を見ない驚異的な経済成長を遂げた日本の高度経済成長期」と極めて近い状況にある
少なくともマクロデータ上はそういえる。

しかし一方で、両者には違いもまた大きい。

多様性と格差

当時の日本はほぼ国をあげて一体であり均質であった。国民皆そろって貧乏だった。皆が同じ教育を受けて、会社に入って年功序列で終身雇用される事で、マクロの成長にあわせて国民のほぼ全員の生活が豊かになった。

しかし今のインドネシアは違う。真逆とすらいって良い。
街にはベンツやブランド品があふれる一方で、裸足の少年少女や物乞いがまたぞろいる。 月給2万円の労働者からフェラーリの色違いをそろえるスーパーリッチまでおり、商談で会う人は誰もがスマフォを持っているかと思えば統計を取れば8割はフィーチャーフォンであったり、四大宗教の祝祭日がすべて国の休日である、といった具合に、とにかくダイバーシティ(多様性)が世界でも最も大きな国の一つである。

したがって「一人当たり平均GDPが年3千ドルを超えた」からと言って、国全体がただちに先進国化に向かうとは限らないだろう。

先進国化の鍵を握る一つのファクタは、高付加価値産業の育成だ。

中進国の罠という議論があるが、ようはインドネシアも中国も、既に新興国は卒業して中進国にはなっているが、電子機器や自動車、IT、金融などといった高付加価値産業の育成に成功してはじめて、先進国化できるという議論だ。

また、多様性や格差に対する対応も、一層の発展には不可欠だ。

韓国は、近年になり先進国化に成功した例として語られることは多いが、深刻な格差問題に苦しんでいる。

中国も格差問題がカントリーリスクと直結している状態が何年も続いており、明確な解決の見通しは打ち出せていない。

中国やインドも、インドネシアにも、既に「都市」のレベルではほぼ先進国といって良い地域もあるが、その他の地域ではまだ「新興国」の風景が広がっている。 それは他のアジアでもアフリカでも同じだろう。
今までと違って、これからは国単位で経済の成熟度を語る事は難しい時代なのかもしれない。

兎も角も、「多様性・格差」は、今後長きにわたり、先進国も含めた人類全体が取り組むべき課題なのだろう。

しかし逆に言えば、そのような多様性と2.5億人もの大きな人口を持ちながらも、少なくとも98年の通貨危機以降、過去15年間に渡り一貫して高成長を実現し続けているインドネシアには、引き続き日本のみならず世界中から注目され続けるのではないか。