このところ米国でベンチャーキャピタル(以下「VC」)が集まるカンファレンスに参加したり、米VCとの協調投資案件がいくつか続いたりして、彼らの考え方や実情を色々アップデートする機会があった。

そこで改めて 「本当のところなぜ、米国だけに何度も世界規模の巨大なスタートアップが生まれてきたのか? なぜ日本にはGoogleのようなメガスタートアップは生まれないのか?」につき、私がふだん活動している東南アジアや、過去6年間働いた日本のVCでの経験とも照らし合わせ、考えてみた。

この議論は、今まで色々な人が色々な角度から論じてきたし、今回改めてそれらをひも解いて調べてみたりもした。

それらはどれもそれぞれに正しい面があるようにも思えるが、一方で正直どの説にもいまいち、しっくりと腹に落ちるものを見つけることが出来なかった。

ゆえに改めて、以下に自説を展開してみる事にした。
皆さんも同様に、もし以下の論に腹に落ちない点や不足があればご指摘いただき、ぜひ日本に将来メガスタートアップが生まれるための議論を盛り上げていければと思う。

「お金の量」 や「リスク許容度」 は答えではない。

まず、スタートアップに注がれるお金の量は、米国では日本や他のどの地域よりも桁違いに大きい

そこで良く聞くのが 「米国でスタートアップが大成功する理由は、スタートアップ投資に投じられる資金量が大きいからだ」 という説だ。

私はこれについては、陳腐なだけでなく、全くの誤りですらあると思っている。

なぜなら答えは簡単だ。それは、結果であって、理由ではないからだ。

米国では大成功するスタートアップが数年おきに必ず生まれてきた、つまり数年おきに誰かが桁違いの大儲けをしてきた。ゆえに「次の誰か」になるために金が集まるのは当然であり、結果に過ぎない。

次のFacebookを逃すわけにはいかないから、わざわざロシアから投資家ユリミルナーはシリコンバレーにやってきてY Combinatorの参加者全員に一律に投資するのであり、その中からDropboxやAirBnBという次の大ホームランが生まれるのである。

大儲けの可能性がある、つまり期待収益率が高いからお金が集まるし、リスクも取れる。これは投資のイロハだ

そうではなくて、「ではなぜそのような大成功が米国では何度も再現されて、日本ではなかなか生まれないのか 」というのがこの議論の本質である。

逆も真なりで、 「日本で米国のように大きなスタートアップが育たないのは、VCの未整備やシード期のリスクマネーの不足が原因だ」というのも、全くもって見当違いの議論である。

仮に日本に素晴らしいスタートアップ投資環境があるのに日本のVCが未成熟であったなら、今頃とっくに米国のVCがやってきてガンガン投資して儲けていただけの話である。もちろん事実は全くそうなってはいない。

(そもそも昨今ではだいぶ、日本にシードステージ(創業期)のアクセラレータやVCなどのリスクマネーの提供環境は整いつつあると思う)

ゆえに問題の本質はそこ(VCの資金量)には無い。

むしろ、お金の量で言うなら、VCマネーの量よりも、米国とその他の国で圧倒的に違いがあるものがある。

それは、株式市場にあるお金の量だ。

下図をご覧いただきたい。これは、各国の証券取引所の時価総額合計の世界全体に占める国別シェアである。

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(本年5/22時点  出典:Bispoke Investment)

ご覧の通り、アメリカの株式時価総額の合計が、全世界合計に対して34%と 1/3超を占めている。

しかしそれより注目すべきは、2位の日本以下すべての国が一桁%で連なっている事実である。

GDP分布、つまり実態経済の分布では米国は2位の中国との差は2倍しか離れておらず、米国一強の時代はとうに終わっている。

しかしながら資本市場の分布においては未だに極端なアメリカ一極集中であり、その他の国は全て極小のロングテールをなしているのだ。

米国のVCは、毎年数兆円という単位でスタートアップに湯水のように莫大な資金を投じているが、そのお金をがぶっと呑みこんでおつりを返す(投資家にリターンを返す)事が出来る巨大な市場は、この世界で唯一の巨大市場である米国株式市場しかない事を示す、VCマネーと表裏一体の数値とも言えよう。

それについて実際データが教えるところは以下である。

米国では昨年 128社がIPOする事によって 450億ドル、つまり約4兆円強を調達している。

これに対して日本では、東証が自らのHPで公表しているとおり、昨年のIPO社数は29社でIPO時の資金調達額はわずか320億円である。

繰り返すが、東証で去年一年間のIPO全体でたったの320億円しか調達がなされていないのである。

これを1社あたり平均にしてみると、

日本のIPO時の資金調達額の平均は11億円米国は320億円、実に30倍以上の開きがある。

では東証マザーズが米NASDAQ並みに大きくなりさえすれば、日本に数兆円規模のスタートアップが生まれるのか?

否、もちろんそう単純な議論ではない。

そもそも企業の価値(株式時価総額)は多少の山谷はあれど、長期的には収益力に収斂されるわけだから日本に収益力が高い企業がたくさん輩出されないかぎり日本の時価総額は高くならない。

(もちろん上場企業を増やせばある程度は市場の時価総額は増えるし、逆に新規上場を絞れば小さくなる。これは大きな問題で、後に論じる)

例えばFacebookが上場申請したときは既に利益で1千億円近くあった。

日本でIPO前にそんな巨大な収益規模を持ったスタートアップは過去一社も無いし、今後とも当面は出ないだろう。

とすれば、仮に十分な株式市場があろうが無かろうが、日本に今すぐ米国並みのメガスタートアップがたくさん誕生する事はありえないという事になる。

では、どう日本にメガスタートアップが生まれるか?

以下にもう少し詳しく見てみよう。

スタートアップの拡大再生産の歴史の結晶が、シリコンバレー

IPOでは、会社が資金調達を行う「公募」と同時に、「売出」も行う。

売出(うりだし)とは、創業者やVCなどの既存株主がそれまで保有していた持ち株を市場で売り出すことである。

例えば昨年上場したFacebookの場合、実に7000億円を超える巨額の資金が売出により創業者たちや幹部社員、そしてVCやエンジェル投資家のポケットに入った (ロックアップといって、一定期間売り出しが出来ないルールに該当する場合もあるので、多少の時差はあるが)。

この「売出」こそがまさに、スタートアップのエコシステムを形成するうえでの「ガソリン」となる。

一生かかっても使い切る事の出来ない大金がIPOによって一人や二人ではない複数の個人やVCの銀行口座に入る。

これらの人々はその金を、自分たちが経験したのと同じ事を数年後に再現するかもしれない現在のスタートアップ達に投じる。

問題はその歴史の長さである。

シリコンバレーの起源とされる8人の裏切り者によるフェアチャイルドセミコンダクターの設立は1957年である。

60年代には「世界最初のVC」と言われるアーサーロックがインテルに投資をして大成功に導いた。以来、70年代にはAppleやマイクロソフトに資金を投じてその上場で儲けた人たちは、その金を80年代にオラクルやサンに投じ、それを90年代にはネットスケープやYahooやAmazonに、2000年代にはGoogleやFacebookへ、といった具合に雪だるま式に富が連鎖してきた。
もちろんこれらのビッグネームはどれも「場外ホームラン級」であり、その他に無数のホームランやスマッシュヒットが存在する。
ここで重要な事は、このような大成功の規模も社数も、そしてそれにかかわる人々やVCの数も、世代を重ねるごとに幾何級数的に増えていくという点である。

一つの成功が100名の成功者を生み、彼らがシリアルアントレプレナーや投資家となってそれぞれがまた100個の成功を創出する、といった具合のネズミ算が半世紀続けば、いかに巨大な金と人材の蓄積がなされるかは想像にたやすい。

もちろん失敗もあるので、本当に乗数倍という計算にはならないが、一方でFacebookのIPOでは1,000人以上の億万長者が生まれたと言われている。(目論見書の株主名簿からの類推で、実際に売ったか・幾らで売れたかは正確ではないが)。

兎も角も、そのようなエコチェーン(有機的連鎖)の結果が、現在のシリコンバレーなのであり、ひいては米国の資本市場なのである。

ちなみに日本の1960年代はどんな状況だったか?

米国でシリコンバレーやVCが始まった60年代、日本では現在でいうところのVCは存在していなかった。

現存するVCで日本最古と言われる、我が古巣のジャフコが日本合同ファイナンスとして設立されたのは、1973年と意外に古い。

しかしジャフコも含めて当時はVC投資というよりは、株式未公開の中堅優良企業に対する株式公開の「指南役」的な役割だった。

私が同社に入社した90年代半ばになってすら、既に億単位の利益を出している会社に上場を提案する仕事が多かった。当時はまだ未上場の優良中堅企業は少なからずおり、上場指南の見返り的に若干の株式を取得するだけで、十分な儲けがあったからである。

その後、日本でシード・アーリーステージへのVC投資が本格的に始まったのは、いわゆるドットコムバブルとIPOバブルが重なった歴史的時期である90年代の後半頃からである。

その頃から徐々に、銀行系や証券会社系のVCがアーリーステージ投資の比率を高め、そのうちコーポレートVCと呼ばれる事業会社系のVCも参入が出始めた。またそれらの大手VCを辞めて、私のように独立系のVCを立ち上げた人たちが、その後徐々に、米国のようなスタイルのVC投資を行うようになり、現在に至っている。

つまり、正味のところ日本におけるVCの歴史は、20年あるかないかである。

一方で米国は既述の通り、半世紀以上に渡るVC・スタートアップの歴史があるのだ。

ここから導き出される結論は、シリコンバレーは一夜にしてならず という事だ。

私は、残念ながら今すぐに日本にGoogleやFacebook級の巨大スタートアップを生み出す秘策は無いと思っているが、その理由は 歴史が熟成するところの生態系強さと大きさである。

既述の通り、シリコンバレーが半世紀にわたり、しかも幾何級数的に培ってきたスタートアップの生態系は、一朝一夕に再現できるものでは到底無い。

追いつくには成功のバトンリレーを何回転も繰り返す事でお金と人材の拡大再生産がなれる時間が必要だ。

しかしそうは言ったものの、半世紀と20年の差分の、あと30年かかるかといえば、そうも思わない

進化発展のスピードは日に日に早まっているし、特にインターネットコンピューティング産業におけるそれは著しい。

以下で議論するポイントを間違いさえしなければ、中期的に米国にキャッチアップする可能性は十二分にあると思う。

米国ではM&Aは「市場」として成立しており、日本では国が企業に重い「足枷」をはめている

Googleもマイクロソフトも過去100社以上企業買収を行っている。Facebookも毎月のように買収しているし、Twitterのような未上場の会社ですら頻繁に企業買収をおこなう。

しかも買収時のバリュエ―ションは二桁、三桁億円は当たり前、1千億円級もGoogleによるYou Tube、FacebookによるInstagram、YahooによるTumblrと数年おきで起こっている。

ゆえに、それ専門のM&Aコンサルタントもいる。彼らは単なるM&A仲介エージェントではない。

「Google やFacebookのBizDev(買収を直接行う部門)の担当者がどんな技術やプロダクトやIPを欲しがっているか」を熟知し、それをスタートアップ達 に「X社が欲しがってるのはそうじゃない」とか「こうすればY社買われるぞ」などと、生々しいアドバイスする人達である。

私 がメンターを行っているFounder Instituteや、500 Startupsなどのアクセラレータのシリコンバレーオフィスに行けば、そのようなM&Aコンサルタントが出入りしており、入居している数十のスタートアップ相手に上記のアドバイスを行っている。

つまり米国では、スタートアップにとってM&Aは「エグジットマーケット」として成立している

なぜか?

たしかに、既述の通り日本でスタートアップがIPOして調達できる資金は平均して10億円程度であるのに対して、米国では300億円もの金が調達できるので、その豊富な資金を使って米国企業は企業買収を頻繁かつ高額なバリュエ―ションで行う事ができる。

しかし、理由はそれだけではない。

むしろ、米国でM&Aが盛んで、日本がそうではない最大の理由は以下の二点だろう。

第一に、 買い手側の上場企業に高い時価総額が付いていることである。それにより、有利な条件で株式交換による買収が出来るためである。

30兆円の時価総額がついているGoogleにとって1千億円は0.3%に過ぎない。0.3%の自社株式を割り当てるだけで1千億円の巨額買収が可能なのである。

第二に、米国でM&Aが盛んで、日本がそうではない理由は、のれん代償却ルールの違いである。

わが国の会計処理ルールでは、M&A によって生じた「のれん」は償却資産として計上され、その償却費は販売管理費として計上する事を義務付けされてる。

一方で、米国や、IFRS(国際財務報告基準)を採用しているほとんどの先進国では、「のれん」の償却が不要である。

例えば、米YahooがTumblrを1千億円で買収した際の損益計算書(PL)上のコストはほぼゼロであるが、同じ事を日本の会社が行ったとしたら、1千億円を販管費としてコスト計上しなければならない。法的に認められている最大の20年で期間償却したとして、年間50億円の費用増となる。

毎年50億円ものPL上のコスト増を許容できる上場企業は日本にはほとんどない。やった瞬間に業績大幅下方修正、株価は下落に陥る会社がほとんどだろう。つまりそんな事は経営者としてやれない。

これが、日本で大型買収が無い理由である。

※正確には1千億円と簿価との差額がのれん代だが、スタートアップの簿価は大抵たかがしれている。Tumblrの場合は過去の累計資金調達額が$125ミリオンとのことなので、それが丸っと現金で残っていたにしても買収価額は簿価の8倍になる。実際はほとんど使い果たしているだろうから限りなく買収価額全額に近い金額がのれん代となる。

より厳密に言えば、IFRSの導入は日本で認められている。ゆえに導入すればこの問題は解消する。

現に導入して1千億円近く利益が上がった日本たばこ産業などの例もある。

しかしながら実情は、IFRSの導入は莫大なコストや手間がかかる事などから超大手以外の導入はほとんど進んでいないし、ほとんどの上場企業にとってそれは現実的な選択肢として存在しないも同然である。

現に、ネットサービス系でIFRS導入済みの日本の会社は、楽天とDeNAのたった2社のみである。

これは誠に信じがたい話だ。

なぜ日本だけが他の先進国と違うルールでもって、企業成長の常套手段の一つであるM&Aを著しく阻害するような法制度を強いているのか。

これでは 「既得権をもったどこかのおエライさんたちが新興の成長企業の足を引っ張ろうとしているのでは」 と勘繰りたくもなる。

そう勘繰られないためにも、直ちにこの足枷は外すべきだと思う。

「アップサイド」の圧倒的な大きさ

ここまでの議論をいったんまとめると

  • 米国では株式市場が世界中のどの地域にも存在しないレベルで巨大な資金量を持つ。
  • その市場は、未上場時に巨額のVC投資を受けたスタートアップのIPOにおける巨額の公募増資・売出を十分に吸収する。
  • 巨額の資金をIPOにより調達し、高い時価総額が付いた上場企業は、豊富な資金や自社株との株式交換を利用して、高額なM&Aを頻繁に行う。 他方で日本のみがのれん代償却ルールにより大型買収が実質的に不可能化している。
  • ゆえに米国では巨大なIPO市場だけでなく、巨大なM&A市場も存在し、日本では存在しない。

つまり一言で言うと、米国では投資家のエグジット時(IPOとM&Aの両方)における「アップサイド(期待収益率の上方可能性)が大きい」のである。しかも米国以外とは桁が二つ、三つ違う大きさである。

するとこうなる。

  • アップサイドが米国以外の市場より桁違いに大きいので、投資家もまた桁違いに強気な投資を行う、つまり高いバリエーションで巨額の資金をスタートアップに投じる。
  • 桁違いのお金がスタートアップに入るので、世界中から優秀な人が集まり起業を志し、優秀なエンジニアやマネジメントを高い給料で雇う事ができる。
  • 優秀なファウンダーが優秀な社員と共に桁違いの果実(巨額のIPOや買収エグジット)を目指して、桁違いのお金を使って開発やマーケティングを、世界市場に向けて行う。
  • ゆえに世界を席巻する巨大なインターネットサービスが誕生し、巨大な収益を生む。
  • 巨大な収益を生むので、時価総額も巨大となる。ゆえにそれに投資をした人や創業メンバーが巨大な利潤を得る。

つまり米国では、投資家のみならず起業家や幹部社員などの、スタートアップに参加する人全員の「期待収益」が巨大なのである。

もちろん、お金だけが全てというつもりは毛頭ない。

冒頭述べた通り、今までたくさんの人が論じてきた「シリコンバレーをシリコンバレーたらしむる理由」は、歴史や文化、教育から法制度まで重層的かつ有機的にある。

特に米国が歴史的に積極的であるところの移民政策がスタートアップの繁栄に与えてきた影響は大きい

ジョブズはシリア人2世であるし、Yahoo創業者ジェリーヤンは台湾生まれ、Googleのセルゲイブリンはロシアで生まれたユダヤ人である

Yahooのヘッドクォーターに行くと、日本の国立大ほどの巨大なキャンパス(本社社屋)を闊歩する社員のうちざっと半分くらいがアジア系の人々である事に目が行く。

しかしそれらとて突き詰めると、既述の通り資本市場の圧倒的な強さに裏付けられる経済的なインセンティブが優秀な人材を国内外から惹きつけている面が大きいはずだ。

若者が起業しない事、起業家が中ぐらいの夢しか追わない事が原因か?

ここまで、くどくどと米国のスタートアップ環境について述べてきたが、そろそろ本題の日本の話に入りたい。

まず、日本の「起業家」について。

冒頭の「日本にはVCマネーが少ないからメガスタートアップが育たない」説とならんでよく耳にするこんな説がある。

「日本の若者は起業志向が低すぎる」とか、それゆえに

「起業家の絶対数が足りない」とか、あるいは

「日本の起業家は中くらいの成功で満足し、大きなリスクを負わない」などなど。

上記は、個々の事象として見ると、当たっている面がそれなりにあるかもしれない。

しかし仮にあったとしても、それはまたしても「結果」であって、日本にメガスタートアップが生まれない「理由」では決してないと断じたい。むしろその逆である。

理由は簡単に説明できる。

「日本で若者の起業志向が低い」のは、日本で起業する事の期待収益率が低いからである。 ゆえにその結果として「起業家の数も少ない」。

あるいはそももそも日本で起業する事の期待収益率が中くらいしかないのであって、べつに起業家が意図して「中くらいの成功を狙って」いるわけではなく、素晴らしい才能が、置かれた環境のなかで血のにじむ懸命な努力をした結果がそうなのである。

(そもそも筆者は10億円の買収イグジットは日本では大成功だと思っており、「中くらい」などとは微塵も思っていない事を付け加えておく)

「米国では、スタンフォードやハーバードの秀才がたくさん起業するではないか」と言うが、「崇高な志」や「リスクを果敢に取る勇気」やらをもってして起業しているわけでもなんでもなく (まあ、そういう人もいるのだろうが)、単にそれが最も期待収益率が高いという理由で合理的に起業というキャリアを選択しているに過ぎない。

合わせて、「失敗のコスト」が限界まで下がっている事がそれにダメを押している。(その点は日本も同様だが)

Y-combintorのポールグレアムも言っている通り、「大学を出て起業した22歳が失敗したところで、単に23歳の失業者になるだけの話」なのである。 新卒一括採用の日本と違って、その時点で就職すれば良いという話だ。

兎も角、日本と比べて圧倒的に期待収益が高い米国における若者のキャリア選択と比べて、「日本の若者がリスクを取らない」とか「内向きで起業志向が低い」というのは本末転倒であり、もっと言えば、いつの時代も若者のキャリア志向はその親やじいさんばあさんが作ってきた社会状況に対して最適化される。 今の日本では 「起業しないのが合理的選択」という社会をオトナ世代が作った結果である。

逆に言うとこれを変えれば状況も変わる。このことは後述する。

話が脱線したが、日本の「起業家の質」について。

私は米国の著名スタートアップのファウンダーとメンタリングセッションで一緒になる機会もあるが、はっきり言って米国で成功した起業家のレベル・資質に日本の起業家が負けているとは必ずしも思わない。

むしろ90年代からのインターネットと新興企業向けIPO市場の誕生以来、数世代にわたり着実に成功の拡大再生産がなされ、着実にレベルが上がり、すそ野が広がっている事を実感する。

またインベスター側とて、個々人のレベルでは米国のベンチャーキャピタリスト並のスキルや行動力をもった人も複数いると思う。

さりとて、既述の通り、シリコンバレーの富の拡大再生産は1900年代中盤から60年ほどかけて何世代にもわたって、現在の資本量や世界中から集まる人材層のぶ厚さが形成されてきたのだ。生態系というものはすべからく一朝一夕にできる代物ではない。

今後はニューヨークや北京・上海やがそれに続くであろうし、私がVC投資の拠点としているシンガポールにもその可能性はあると思う。世界で最も成長する地域のひとつである東南アジア、そしてハブ都市たるシンガポールには、投資家、起業家、ディールフローが集まってきている。

東京は上記の通りミクロの才能において十分にそのポテンシャルがあるのだが、いかんせん米国や中国、シンガポールなどに比べた圧倒的なビハインドはその市場規模の小ささと低成長という、マクロ環境にある。

そこでいよいよ、最終結論である。

日本からメガスタートアップが生まれるためになすべき事

米国の状況から逆算的に考えて、日本にGoogle級のスタートアップが生まれるために最も重要な事は何だろうか?

それはズバリ、「海外に出る事」。 これしかないと考える。

海外に出ると言っても「海外に逃避する」という意味ではない。確かに既述の通り、日本の会社はあまりに不条理な足枷を強いられている点が多いし、そのために企業が海外に逃避する傾向がある事は巷間言われている通りだ。

しかし、ここで言っているのは「海外の市場を獲りに行こう」という事だ。

米国を米国たらしめる最大の理由の一つは、その市場の大きさにある。

まず米国自体がGDPでざっと日本の2.5倍と世界でもダントツの大きさだが、それ以上に英語圏が大きい。

英語を母国語とする人口だけで5億人おり、英語を公用語として使う人口でいうとその数倍はいる。

つまり、工場も販売スタッフも不要なインターネット産業においては、米国のスタートアップはDay1(創業初日)から日本の10倍くらいの対象人口の世界市場でデビューする。

さらに英語圏で有名になった後であれば、日本など他言語への展開も比較的容易である。

事実、Googleの売上のうち半分以上は米国外から得ているし、Facebookも北米売上は全体の半分以下である。

また英語と世界の言語市場を競う中国語の台頭も著しい。

ご存じ13億人の国内人口だけではなく、シンガポールや米国にだって、世界中いたるところに中国語話者は散らばっている。

理屈からして同じサービス・産業で戦おうとする場合、より市場が大きい地域を制するほうが大きくなるに決まっている。

日本にGoogle級のメガスタートアップが生まれるためには、当たり前だがGoogleレベルの収益規模を持たない事にはどうしようもない。(ちなみに昨年のGoogleの利益は税引き後で1兆円ほどだ!)

仮に日本国内だけで検索でもECでもトップシェアを獲ったところで、その10倍以上の市場規模を持つ英語圏市場の会社と比べれば、10分の1以下の企業規模にしか、どうがんばってもならない。

同じく顕在市場規模で既に日本を抜き、更に成長率においては日本の何倍もある中国に存在する企業に比べても、もはや日本の企業は負けてしまう。

現に中国のネット総合企業Tencentの時価総額は約8兆円、検索エンジンのBauduは5兆円弱で、日本のネット総合ダントツ1位のヤフージャパンの約3兆円をはるかに抜き去っている。近々再上場をするアリババは10兆円の時価総額と目されており、9兆円強の米Facebookすら抜き去るかもしれない。

市場規模が小さい日本では、世界市場を獲りにいかない限り、絶対に米国・中国並のメガスタートアップが生まれることはありえない。 理屈上あり得ないのである。

これが本投稿タイトル「日本にGoogleやFacebookがどうしたら生まれるか?」の回答である。

「何だそんな簡単な答えか、そんなのわかってる」と言われればそれまでだが、どう考えてもそれしか回答が無い。

問題の本心、センターピンは、VCの資金量のせいでもない。起業家の資質のせいでもない。 市場が小さいのに海外市場を獲るのが苦手だから日本にメガスタートアップが生まれないのである

一方で、世界を見渡すと 「小さい国」から世界レベルの会社が出ている。

ネットスタートアップではないものの韓国のサムスン、台湾のスマホメーカー HTC、マレーシアのエアアジアや、ネット系でもSkypeはエストニア発、 音楽配信のSpotifyはスウェーデン、フィンランドのAngry Birdsなど。

これらの「小規模国家発、グローバルメジャー企業」のように世界市場を獲らない限り、日本からメガスタートアップが生まれることは無い。

日本の経済規模は中国だけでなく、これからインドやブラジル、インドネシアに追いつかれるだろうし、抜かれるというゴールドマンサクスの予測もある。

そのような「中規模国家」になれば尚更、世界市場のパイを獲れる企業だけが大企業化できる。

もちろん、容易ならざる所業である。上記の通り、非米国の、あるいは米国ですら非シリコンバレー発の大手ネットサービスはまだまだ少ない。それほどハードルが高いという査証なのだろう。

なお誤解なきよう、本稿では「日本にメガスタートアップがどうしたら生まれるか?」の方策を探る議論をしているのであって、けっして「日本の起業家は全員海を渡るべし」と煽っているものではない。

日本市場に絞ったほうが合理的という判断もあるだろうし、それで成功を収める可能性が無いと言ってるのでもない。(成功の定義は幅も種類もたくさんある)。

お上がなすべき唯一の事

最後に。

既述のM&Aにおけるのれん代償却ルールのように、日本だけで企業が重い足かせをはめられているような規制やルールは直ちに是正し、日本の企業が少なくとも世界市場でイコールフッティング(同条件)で戦えるようにするべきであるが、そのように「国が企業の邪魔をしない」事とは別に、日本に米国並みのスタートアップを生み出すために、行政がやらなければいけない重要な事が一つだけあると思う。

それは、資本市場の再構築である。

冒頭の惨憺たるIPO市場の現状は、ここにきて少々マシになってきたとは言え、私に言わせれば国家犯罪レベルで罪深い

昨年まで不透明で不条理な理由で、実質的に新規上場を凍結してきたに等しい対応をしてきたかと思えば、今度は日本の新規上場が復調、6年ぶり中国抜く などと言ってメディアもろ共、浮かれている。

日本という国は過去、これを数年おきに繰り返してきた。

メディアをはじめ国民こぞって、ドットコムバブルを祭り上げては、それが弾けたら文字通り手のひらを返すように、その時に一番目立っていた人物をスケープゴートにして叩いた。 それを忘れたころに再びブームがやってくると、またその時のトップランナーを祭り上げ、祭りが終わると こき下ろす、その繰り返しだ。

そのようなメディアもメディアだが、行政はそのような世間の気分とは無関係に 「いつでも、誰にでも分かりやすく納得できるルール」 を堅持すべきだろう。

にもかかわらず世間の空気に迎合してか、他に理由があるのかはともかく、ルールをコロコロ変えるから、「もはや上場は目標にあらず」などといった間違った議論がメディアで横行したり、既述の通り 若者の起業志向が減退したりといった、情緒的で非生産的な事を繰り返してきた。

極めて大きな、国家的損失だと思う。

このところ少し盛り返して新規上場の社数が増えたのは結構なことだが、問題は調達金額である

既述の通り、IPOの資金調達額は昨年までは米国に数十倍の差が付く状況であったし、今年に入って好転していると言っても、スタートアップではない大手飲料会社の「老舗IPO」により数千億円調達して平均値を上げているだけで、日本の資本市場はスタートアップの資金調達の場としては十分に機能を果たしているとは言い難い。

無論、資本市場を整えたからといって明日から日本にメガスタートアップが生まれるわけではない事は既述の通りだ。

しかし上記の通り、若者の起業や上場のモチベーションまで阻害してきたという意味で資本市場の体たらくが少なくとも間接的にスタートアップ育成を阻害してきたという誹りは免れないだろう。

その点において今、猛烈な勢いで米国にキャッチアップし次世代の覇者たらんとしているのが、またもや 中国だ。

昨年のIPO資金調達額は、米国の450億ドルに対して、深セン取引所だけで111億ドル、香港の98億ドル 上海の53億ドルを足して、中国合計で262億ドル(約2兆円強)と、米国に肉薄して2位に付けている。

日本は時価総額の合計、つまり主に歴史ある大企業により構成される価値の合計では未だかろうじて世界2位だが、新しく生まれる上場会社の成長の源であるところのIPO資金調達の規模では、中国の足元にも遠く及ばぬ二桁もの大差を付けられ、負けている

新しい会社が成長の糧たる潤沢な資金を得やすい国と、古い会社だけ(かろうじて)規模を保っているものの新しく生まれる会社には資金が回らない国、どちらの国の経済の先行きが明るいかは自明である。

日本経済は、ここを改善せずして明るい未来がありえるだろうか。

これはベンチャー支援がどうのという話ではもはやない、国家存亡の危機についての議論である。