スタートアップ経営者に求められる資質とは?

Rebright Partners Pte Ltd.

ベンチャーキャピタルという仕事は、膨大な数の起業家に会って、話をする職業だ。

なかでも投資をした会社の経営者に関しては、創業期から上場して大成功したり、逆に失敗に終わるまでの間を定点観測的に見届けることで経営者としての成長を(あるいは成長しない事を)間近に見届ける職業である。

また一方で起業家は、あるいはこれから起業しようか悩んでいる人は、誰もが一度ならずこの質問を自らに問うた事があるはずだ。

自分は起業に向いているか?

起業家として成功できるだろうか?

起業家=経営者(CEO)

スタートアップ経営者、起業家、ファウンダ、創業経営者、様々な呼び名があるが、いずれにせよその資質が何かを問うには、まずその定義そのものを明確化しなければならない。

ここにおいて大きく二つの考え方がある。

A:スタートアップを創業する起業家は、経営者である(経営者であり続けるべきである)。

B:ゼロから価値を創造する起業家というのは極めて特殊な職業であり、組織を適切に運営する経営者という職業とは必ずしも一致しない。

いずれかの考え方が正解で他方が不正解、という事は必ずしも言えないだろう。その産業やサービスの性質や個別各論によっても様々だろう。

しかしながら一般的に「創業者は必要な時が来たらその組織を率いるべき適切な能力をもった経営者にバトンを渡すべきだ」 という考え、すなわちBの論調は昨今においては徐々に後退しており、Aの「起業家と経営者の同一化」を期待する方向に向かっているように思う。

一例として、今や世界最強といって言い過ぎではないVC、アンドリーセン・ホロヴィッツはこういっている。

私たちは、ファウンダーがその後何十年にもわたってずっとCEOとして経営し続ける会社に投資したい

彼らはそれは、膨大なスタートアップに関するデータ検証の結果によるとしているが、その詳細データをみるまでもなく、マイクロソフト、アップル、オラクル、Google、Facebookなど大きな成功をおさめるスタートアップのほとんどが、創業者がその後も永きに渡ってトップとして経営し続けている事は良く知られている。

日本でも、ソフトバンク孫氏、楽天三木谷氏など創業経営者の例は多い。 誰かにテック系上場企業の「創業経営者 VS 職業経営者」の比較を行ってもらいたいところだが、ざっと思いつくところだけでも創業者が経営者としてとどまり続けているテック系上場企業が日本でも多いのではなかろうか。

スタートアップが成功するということは、すなわち規模が大きくなるということに他ならない。

大きな規模の組織を率いるためには、無論のこと経営者としての高い資質が問われる。

ここにおいて、創業経営者への期待が高まっている理由がおそらく2点考えうるだろう。

第一に、テクノロジ変遷や産業の革新スピードが、年々早くなっているという点である。

技術や市場地位の入れ替わりのスピードが速いということは、自ずとプレイヤーの入れ替わりも早くなる。

つまり、スタートアップが成長する速度も、衰退するそれも早くなる。

起業して5年そこらであっという間に数百、数千の人間を率いなければならないとしたら、「私は経営者タイプじゃないから、大きくなったら誰かにバトンを渡します」、なんて言っている暇など毛頭ない。

ゆえに起業家は、当初から「自らが経営者として組織をリードしていく」という前提で起業しなければならないし、ベンチャー投資も、企業戦略も何もかも、それを前提にデザインされていなければならない事となる。

第二に、変化の頻度と、大きさである。不確実性と言っても良い。

変化が激しいときこそ、リーダーシップが求められる。 つまり、大きかろうが小さかろうが、若かろうが歴史があろうが、あらゆる組織に強いリーダーシップが必要な時代になっている。

にもかかわらず「ウチには今はリーダーシップはありませんが、後から仕入れてきます」 ではお話にならない。そもそもそれでは一瞬たりとも生き残れない。

あたなのサービスを買う顧客にせよ、あなたについていく社員にせよ、あなたに大金を預ける投資家にせよ、いま目の前にいる起業家、あなた自身のリーダーシップが生み出すところのサービス、やりがい、事業成長、それでしか良し悪しの判断は出来ない。

あるいは仮に将来誰かにバトンを渡すにせよ、優秀な経営者を口説き、採用し、惹きつけ続けるだけの魅力と能力が、いま目の前にいるあなたに無ければ、そもそも後からリーダーを連れてくる事すらできない。

起業家特有の資質

とはいえもちろん、「既に存在する価値をより大きくする」という職業であるところの大企業や行政組織などのトップと、「ゼロから価値を創出する」という職業たるスタートアップ経営者とは異なる部分もある。

それについて、もはや伝説の域に達したといってよいシリコンバレーの重鎮二人、SVエンジェルズのロン・コンウェイと、Y-Combinator ポールグレアムとの対談で、理想の起業家像についてこのようなやりとりがあった。

経営者とは要するに、他人に自分のチームのために働いてもらわなければいけない仕事である。
それには仕事を押しするめる気迫が常に必要であり、また良いコミュニケーターでなければならない。

また同時に、クラフトマンシップが重要。

ザックにせよラリーにせよドーシーにせよ、徹底的に「プロダクトフォーカス」だ。
そしてその結果「ハッピーカスタマー」をうみだす事、それに腐心している。
良いファウンダーは、まるで職人(クラフトマン)のようにプロダクトに執着し、あらゆるディテールに全精力を注いでいる。

前半は、要するにリーダーシップのことを言っており、それは会社の規模や性質を問わず経営者に汎用的に求められる資質である。

しかし後者のクラフトマンシップは、起業家により強く求められる資質だろうし、特にテック系スタートアップには必須事項だろう。

私も普段、この点は注意して見ている。

日本においても(その他アジア諸国でも)、優れた実績を残している経営者はたいてい、プロダクトについてマニアックに四六時中考えている。

会うとたいていいつも、自社や他社のプロダクトについて、細かい事を含めてああだこうだ、マニアックに語る人が多い。

ちなみに、私の中でその対極として定義しているのが、「ビジネスモデル・マニア」である。

あまり自社のプロダクトについて語らない。その代り、やたらとビジネス・モデルについてだけ語るタイプの経営者の事だ。

先天的才能か、後天的努力か?

冒頭の 「自分が起業家に向いているか、成功できるのか?」という問いの次に、経営者がその後数々の壁にぶち当たるたびに自らに頻繁に問う、もう一つの質問がある。

経営力は、努力によって向上するか?

この問いについて、マーク・アンドリーセンの相棒である、ベン・ホロヴィッツは、かつてTech Crunchへの寄稿のなかで、こう語っている。

ベン・ホロヴィッツ

経営者に最も重要な資質は、リーダーシップである。 そしてリーダーシップとは以下の3つの能力によって構成される。

1.ヴィジョンを明確化する能力
話がうまい人、話していて人を惹きつける人は確かにいる。また逆もしかり。

しかしながら、集中とハードワークによって、その能力は上がることは確かだ。

ともかくも、ヴィジョンはリーダーシップの根幹だから努力は惜しむべからず。

つまり、ビジョナリーという資質については、かなり先天的要素は大きいが、後天的に向上できる部分もあるという意味で、先天と後天の中間に位置する資質、といったところだろう。

2.正しい野心
「自分が成功したいという野心」は間違い、「会社の成功のための野心こそリーダーシップ」である。

「CEOとは人を詰めたり切ったり、人の心を持たない冷徹人間だ」というのは、よくある誤解だ。

自分ではなく会社を成功させるためには優秀な人を集めること、そして彼らに最大の感情、関心を払い、「この人の下で働き続けたい」と思わせる事だ。

これは多くの人は逆に考えていると思われる点で興味深い。 つまり一般に「起業家は利己的」という類の感覚が少なからずあると思うのだが、ホロヴィッツの定義によれば事実はその逆、「利己的な人はスタートアップ経営に向かない」 という事だ。

この「正しい野心」、要するに簡単に言えば「利己的ではなく、会社・事業の成功のために人を惹きつけ、働いてもらう事が出来る能力」だが、これについてホロヴィッツは「生まれながらのもの」、「学べるかはともかく、教えられるものではない」、要するに先天的資質との見解を披露している。

3.エクセキューション能力

ヴィジョンを具現化する能力、つまり物事を遂行して成功せしめるエクセキューション能力、これがリーダーシップを構成する資質の最後、3つ目である。

ホロヴィッツは、これは文句なく後天、学んで身につけ、日々向上すべきものとしている。

以上3つは、マネジメント経験がある人なら少なからず合点がいく内容ではなかろうか。

資金調達能力

この点は、やはりVCとして自分自身日々考えることの多い経営者の資質である。

ほとんどのスタートアップは、事業収益による営業キャッシュフローは最初の数年はマイナス、投資や借入による財務キャッシュフローによってしか生き延びられない。

ゆえに、資金調達能力はスタートアップの生存能力そのものといっても過言ではない、決定的に重要な資質となる。

成功している経営者は、外から見えると見えざると、実は資金調達に相当な労力を割いている。

これについて、最近ではY-Combinatorの若社長サム・アルトマンの発言に突っ込みを入れたり、逆に気鋭の二十代VC、マイク・ローゼンバーグから突っ込み入れられたりで大忙しの巨匠VC、フレッドウィルソンが以前ブログで語っている

フレッド・ウィルソン

正確には、ウィルソンは自分の言葉ではなく 「若かりしころ、当時既に25年選手のベテランVCだった某氏の教え」としたうえで、CEOの仕事は単純に以下の3つである、としている。

CEOの3つの仕事

1.ビジョンと戦略を作り出し、それを関係者に適切に伝えること

2. 最高の人材を募集し、採用し、惹き付け続けること

3. 銀行口座に常に十分な資金を置いておくこと

要するに1と2はリーダーシップについて、そして3が資金調達能力について、である。

ではどうすれば資金調達能力が身につくのだろうか。

「説得力のあるDeck(スライド)を作れ」、「VCの共通言語を学べ」、それらはあるに越したことは無いかもしれないが、本質ではない。

本質は結局のところ以下ではなかろうか。

ここまでに述べてきた経営者としての根源的資質に磨きをかける事、

そしてその結果、事業に、少しづつでも実績や実力がついてくること、

それによって経営者自身にも自信が漲ること、

リーダーの自信と、事業の実績によって裏づけられることで「ヴィジョンを他者に伝えるコミュニケーション力」が向上すること

そのような「まっとうな努力の量」以外には、そう簡単に資金調達の近道があるわけでは無いのではなかろうか。

「VCからの資金調達に成功する3つの秘訣」、この類のブログを読む時間は一秒であれ、上記の努力に充てるべきであろう。