米国一線級ベンチャーキャピタリスト達による業界への提言 – Pre Money –
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ベンチャーキャピタル(以下「VC」)業界は今、大きな転換期にある。
伝統的なVCのパフォーマンスが芳しくない、アクセラレータやクラウドファンディングなど新業態が台頭するなど、VC業界は大きく様変わりしつつある。
– VC is dead - そんな過激なキャッチフレーズをもってして、VC業界が対峙している大きな変化と今後の展望についてVC同士が議論する事を目的としたカンファレンス、それが「Pre Money プリ・マネー」である。
米国有力アクセラレータの一角である500 Startupsの主催により、6月27日に爽やかな初夏の青空のもとサンフランシスコで開催されたPre Moneyに筆者が参加してきた様子を下記にまとめた。
数百名のVC業界関係者が出席する会場の様子 (以下写真は全て筆者撮影)
Paul Graham Co-Founder & Partner, Y Combinator
登壇者のトップバッターは、もはや業界でその名を知らぬものはないであろうシードアクセラレータ 「Y Combinator」 を率いるポールグレアムだ。
既に500社を超える投資を実行済みで、その保有株式時価総額は110億円ドル(約1兆円)を超えるという、まさに世界最高峰アクセラレータといって言い過ぎにはならないだろう。
彼もVC業界が変化している事を認めつつ、次のような議論を展開した。
今、スタートアップ業界には二つの大きな「力学」が働いている。
第一に、スタートアップの「数」の激増
第二に、その「コスト」の劇的な低下
である。
私が最初のスタートアップを創業した1986年頃には、大学を卒業する若者の選択肢は二つしかなかった。
「就職するか、大学院に行くか」
の二択である。 しかし今は、「スタートアップを始める」 という選択肢が現実的に存在する。
実際、その結果スタートアップの数は劇的に増えている。なぜか? スタートアップのコストが安いからだ。
サーバ代や開発期間(つまりその間に要する人月コスト)が、劇的に小さくなっている。
それが本質的に意味するところは何か? 「失敗のコスト」が安くなった、という点である。
大学を卒業した22歳が起業して失敗したとしても、単に無職の23歳になるだけの話である。
また就職すればいいし、失うものなど無きに等しい。
これはこの10年、20年ほどの間に起きた、劇的な変化である。
そのうえでグレアムは、VCやエンジェル投資家なども含めたスタートアップインベスターの今後について次のような示唆を口にした。
このように劇的な変化のもとでは、投資家も変わらなければならない。
投資家同士の競争も厳しい。しかしオポチュニティもある。その答えは、ファウンダーがインベスターに対してしばしば抱く、不満の中にある。その不満とは、
第一に、意思決定の遅さ
第二に、たくさんシェアを取られ過ぎる事
である。これらは起業家たちが、インベスターを評する際に、極めて頻繁に聞かれる不満である。
ここにこそ、答えがある。
グレアムのこの言葉は、会場にいるVCたちに強く突き刺さった。
我々VCはいつも起業家に「顧客の問題を解決せよ」 、そう説いている。
しかし我々VCこそ、「起業家の抱える問題」を、解決せんと努めているだろうか?
なお、上記は本セッションで語られた内容のごく一部に過ぎないが、素晴らしい事に、カンファレンスの数日後にスピーチ原稿の全文がグレアムのブログに掲載された。VC業界関係者は必読の内容といって良いだろう。
Mark Suster, Partner, Upfront Ventures
このところスタートアップが活況を呈しているロサンゼルスを拠点とする有力VC、アップフロントベンチャーズのパートナー、マークサスターも、グレアムの議論に同意しつつ、より具体的なデータで 「スタートアップのコストはこの数十年で99%安くなった」と喝破した。
つまり、スタートアップ側が多くの金を必要としない、一方でVCの競争環境は激化している。
ではこれはVCの危機か? これに対してサスターは以下の理由において楽観論を示した。
第一に、インターネット利用者数の増加
第二に、インターネットスピードがさらに速くなっている事
これらに加え、シリコンバレー以外の地域にスタートアップが広がっている事も踏まえ、スタートアップの市場がまだまだ広がるため、VCの投資チャンスはむしろ広がっていく、という議論を、
「It’s Morning in Venture Capital 」と題したプレゼンテーションによって繰り広げた。
Josh Kopelman, Partner, First Round Capital
ファーストラウンドキャピタルのジョシュコープルマンは、自らNASDAQ上場やebayへの会社売却などの経歴をもつ起業家としての経験から、 「いかにポートフォリオ企業(ファンドの投資先企業)を手助けするか」に心血を注いでいると語った。
「伝統的なVCは、複数のポートフォリオに投資している事を利用し、投資先A社で得た知見を他の投資先B社に転用する、B社のそれをC社に、といったやり方で経営支援を行ってきた。パターンマッチングと言われる事もしばしばであるその手法は、もはや十分ではない」 として、
「むしろ、ファウンダーは同じ悩みをもつ経営者や、経験豊富な起業家や支援者のネットワークにダイレクトに参加したほうが、よりたくさんの情報へアクセスできるし、有益なインプットが与えらえる」
そのような理由から、ファーストラウンドキャピタルでは、経営者とメンターによる独自の、キュレートされた人々によるクローズドなコミュニティを形成・運営している。
また同時に、CEOサミットやCTOサミットといったワークショップも積極的に行い、経営者の技能向上支援に努めている。
この点に関しては、後に登場するアンドリーセンホロヴィッツも同様に注力していると語っていた。
この「スーパーハンズオンの経営支援」は、昨今のVCのトレンドといって良いだろう。
Fred Wilson Managing Partner, Union Square Ventures
ユニオンスクウェアベンチャーズは、米国東海岸を代表するVCとしてその名をとどろかせており、TumblrやKickstarterなどニューヨークベースの著名スタートアップへの投資を数多く手掛けている。昨今のニューヨークにおけるスタートアップシーンの盛り上がりの立役者の一人といって良いだろう。
それを象徴するがごとく、マネージングパートナーのフレッドウィルソンは、サンフランシスコで開催された本カンファレンスに一人ニューヨークからSkypeで参加した。
ニューヨークという特殊性について問われた際のウィルソンの返答はこうだった。
ニューヨークはシリコンバレーの30年遅れくらいと、いつも考えるようにしている。
スタートアップが集積しているとエコチェーンが生まれて次の世代にお金や人材がまわっていくわけだが、シリコンバレーはいま7世代くらい目ではないか? 以前の世代の金や人が、数百のスタートアップに連鎖している。 それに対して、ニューヨークは最初の大成功であったダブルクリックからカウントして、まだ3世代目くらいだ。今後それが連鎖していき乗数的にスタートアップのすそ野が広がってくるであろう。
これは今の東京にも当てはまる議論であろうし、その他の新興国の近未来にとっても、示唆に富む考察だ。
Marc Andreessen Co-founder and Partner, Andreessen Horowitz
本イベントの目玉スピーカーは、冒頭のポールグレアムと並んでこのマークアンドリーセンである。
FacebookやTwitterをはじめ、Pinterest, Fab, AirBnB, Zynga, Foursquare など今をときめく有名スタートアップの株主名簿に軒並み名を連ねる、マークアンドリーセン率いるアンドリーセンアンドホロヴィッツは、現代の最高峰のVCとして業界内外で認められる存在である。
アンドリーセンの登壇は、主催者 500 Startupを率いるデイブマクルーアとの対談パネル形式で行われた。
冒頭、デイブがアンドリーセンの紹介を彼独特のいつものおどけた口調でこう切り出した。
「いま最も革新的なVCとして知られるアンドリーセンホロヴィッツですが、そのファンド運用額は3ビリオン(約3千億円)で… って3ビリオンダラー? おったまげたなこりゃ!」
デイブのみならず、VCをやっているものなら誰でも、ファンド総額の意味するところは痛いほど良くわかる。3ビリオンもの巨額資金を運用するアンドリーセンは文字通り桁違い、業界ダントツの存在なのである。
アンドリーセンは投資方針を問われて、こう答えた。
我々が投資する創業者は、彼ら自身がなるべく長く、何十年もCEOであり続ける事を望む。
この議論は従前彼らのブログ等で発信しているが、彼ら独自の統計の結果をもってしても、ファウンダーが経営者として長期間コミットメントしている会社はその後に業績、時価総額とも大きくなる傾向がある、との事である。
確かに、Apple、マイクロソフト、Google、Facebook、業界を代表するこれらの企業はいずれも創業者が長期的に経営に携わっている。
一方で、データは他の事も我々に教える。それは、ファウンダーはいつの時代も同じ理由で失敗する事が多いものだ、という事だ。
また、ファウンダー達は経営経験が全く無い場合も少なくない。ゆえに我々は、スタートアップにすべからく必要となる、リクルーティングや、PR、ビジネスディベロップメントなどについて支援するためのチームを、当社自らの社員として数多く雇ってる。
大きな成長可能性のある事業に挑戦する経営者が長期間にわたり経営に携わる事を期待し、そのために経営支援を惜しまない。 それが現代の最高峰VCの基本戦略なのだ。
Software is eating the world
少し前にアンドリーセンが発信したこの 「インターネットコンピューティングが、あらゆる産業を革新していく」 という議論は、瞬く間に業界を席巻した。セッションでもこれについて議論が及んだ。
スマートフォン、タブレットPCは大きな流れを作っており、ウェアラブルコンピューティングの今後も興味深い。ちなみにGoogle Glassを見た瞬間に、私はそれに恋に落ちたくらいだ。
このような技術革新と、各産業カテゴリの組み合わせを見てみれば、その進化は一目両全だ。
これまでソフトウェアはメディアを変えてきた、リテール(EC)もしかり、他のサービス産業の多くもそうである。
近い将来、ソフトウェアは教育を変えていくだろうし、ヘルスケアもそうだが、規制が多すぎるという点でにおいて難しさもある。
いずれにせよ、ソフトウェアによる革命はまだまだ世の中を「食い尽くして」いくであろう。
歩きながらスマフォを見ていて人や車にぶつからないように注意しましょう、
なんて言われる世界を、ほんの少し前まで誰が想像できただろうか?
その他にもAngelList, Google Ventures, TechStarsなどから多彩なスピーカーが登壇し、興味深い議論が一日にわたり繰り広げられた。