この年越しに様々な言論や報道を見ると、そのほぼ全てに通底する現代人類にとって最も重要なキーワードは、グローバリズムとテクノロジー、この2つに集約されるように思う。

 

最も巨視的に見れば、グローバリズムとは500年前の西暦1500年前後の大航海時代から始まり、テクノロジーとはその300年後の1800年頃の産業革命から始まった。

以来200年(たかだか200年である)、グローバリズムとテクノロジー発展の2大潮流は山谷あれど、逆流することなく前進してきた。

しかしここにきてそのグローバリズムは変容しつつある。

 

グローバリズムの変容が明示的に噴出した2つの出来事が、一昨年2016年に西洋の2大国で起こった英国EU離脱と米国トランプ大統領誕生だった。世界中の人々がその2大ショックに動揺した。多くの人々、中でも特に思慮分別があると思われている人ほど真逆の結果を予想していたからである。

それを表面的に論じるなら、アンチグローバリズム(反グローバリズム)の始まりという事になる。

確かに年の瀬に完全通過した米国減税法案は企業(税金)のグローバル争奪戦であるし、中国の一帯一路は21世紀版のブロック経済圏と誰の目にも映るだろう。これらを単純化した図式は「米中の競争を基軸とした新・保護主義時代への突入」という事になる。この論調は2018年メディアにおいてかなり支配的となるだろう。

 

それが必ずしも間違っているとは思わないが、そう単純でもない。

そもそもアンチグローバリズムとは真新しい事ではなく、500年来のグローバリズムの歴史で何度も繰り返してきた。世界恐慌後の保護主義は第2次世界大戦へと人類を追いやったし、30年ほど前の保護主義は当時の2大国の間に日米貿易摩擦という諍いを生んだ。

 

しかしながらよりつぶさに見れば、今回はそういう単純な構造ではないことがわかる。今の世界はより多面的で複雑な事象が重層的に折り重なっている。

 

そのなかでも重要なファクターの一つが、私は「都市化―アーバナイゼーション―」であろうと思う。

この100年ほどで人類全体で起きている都市化が近年において極まりつつある。テクノロジー発展もそれに拍車をかけている。このため一部では、国民国家よりその構成単位たる都市のほうがより重要になってきている。

 

世界のごく一部の先進都市は、国家を超えて企業や雇用やマネーを吸引しはじめた。

現在においてその代表格は私が拠点としているシンガポールである(シンガポールは例外的に小国であるため国イコール都市であるが)。また中国大陸のハブ都市である香港もそれに比肩する。今後はテキサスとロンドンがその戦線において強大化してくる可能性は昨年末にこちらに論じた。

 

経済活動における国境の境目を無くする試みがグローバリズム1.0、それが20世紀型のグローバリズムであるとするならば、都市間競争がけん引する21世紀のそれがグローバリズム2.0だと思う。

一部のグローバル競争力・求心力が高い勝ち組都市がグローバル経済活動を自らに引き寄せ繁栄する、それ以外の都市はグローバル経済活動とは一線を画した「ローカル経済圏」として生き延びていく、あるいは滅びゆく。これが21世紀型のグローバリズム2.0ではなかろうか。

 

国家間の関係だけを見ていると保護主義的、アンチグローバリズム的に見える一方で、シンガポール等のハブ都市が世界中の経済活動を促進する。その文脈のグローバリズムはむしろ世界全体で拡大するだろう。都市によるグローバリズムの再定義とも言えよう。

複雑で多面的な時代である。あえて一言で評するなら、2018年はアンビバレントな年と言えるのかもしれない。

ところでこのアンビバレンス、二律背反という概念は今のご時世重要だと思う。相反する二つのことが同時に起こる、という事がこの不安定で複雑な世の中においては起きがちである。それを「Aではない、Bだ。」「いやAに決まっている」と不毛な言い争いが世の中とかく多い。なんでも中庸もまたおかしいが、ある程度のアンビバレンスを、我々はもう少し許容して良いと思う。

 

最後に、そのようなアンビバレントな時代に我々はどう生きるべきなのだろうか?

 

第一に国単位の論説に惑わされないこと、第二に自らの足と目で一次情報を獲得する事だろうと私は思う。

「インドとは、米国は、東南アジアは…」これらの議論は全て、不要でないが有用性が相対的に下がっている。時と場合によってはミスリーディングですらある。インドと一口に言うがデリーやバンガロールとその他の地域では国同士の差以上に差がある。米国も両海岸部と内陸部では大きく異なるし、国単位の競争だけを見ていると保護主義的な読み筋しか出てこないが事実はそれだけではない。

私は昨年の年頭所感で「アジア・シフト」すなわち中国をはじめとするアジア諸国の勃興が、今後の日本に最も影響を与える、と書いた。今後数十年かけてその傾向は強まるはずだ。しかし今年からはそれに加えて都市によるグローバリズムの再定義(グローバリズム2.0)による地政学の再編が本格化すると思う。

このアンビバレントな時代においては、世界各地に自らの足で行って、目で見て、何より重要なことは自分のアタマで考える事が肝要だろう。これを今年は今まで以上に実践していきたいと思う。

 

本年も皆様の益々のご多幸をお祈り申し上げます。

2018年 新春