The Era of Dataism -データ資本主義の時代-

これが今、我々が住んでいる世界地図である。世界各国のスタートアップ資金調達額の分布図だ。

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テクノロジーとイノベーションを両輪に発展するこの世界では、中国が米国に比肩し二超大国となり、そこから大きく離れてインドと欧州連合が次いでいる。

そのような世界地図の裏で、実際のところいま何が起きているのかだろうか。この数字は何によってもたらされているのだろうか。これからそれを一つ一つ、テーマ毎に紐解いてみよう。

 

データ資本主義の時代

我々が生きる2018年という時代はデータが全てを支配する時代である。「そういう時代が来る」という悠長な話ではない。「すでに来た」、過去形である。それを簡単に証明して見せよう。

 

この男の名を知っているだろうか。

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知らないならば覚えておいたほうが良い。その名はロバート・マーサー。世界最大級の1兆円を超える運用残高のクオンツファンド「メダリオン」を運用する会社、ルネサンステクノロジーのCEOである。

ルネサンステクノロジーとは、ジェームス・シモンズという著名な数学者が創業した。世界的な数学賞を受賞する一級の科学者であったシモンズは、株式投資の法則性を数学的アルゴリズムによって解き明かし、のみならず瞬速で自動売買するシステムを世界で初めて証券投資に持ち込んだ。そのシモンズが、当時IBMで機械学習専門のサイエンティストであった人物をルネサンステクノロジーの社長として引っ張ってきた、その人物こそ、このロバート・マーサーである。

 

AI ミーツ ファイナンス、AIをファイナンスの世界に持ち込み、そして彼らは世界最大級の富豪となった。

しかし問題はここからである。ワシントンでは誰でも知っている事実、このロバート・マーサーは共和党の、そしてドナルド・トランプの最大の献金者なのである。のみならず、英国のEU離脱においても離脱側政治グループに最大の献金をしていた事でも知られている。

更にである。マーサーはFacebookを大スキャンダルに巻き込んだ選挙コンサルティング会社、ケンブリッジ・アナリティカの主要な資金源であることもまた周知の事実である。

ケンブリッジ・アナリティカは先の大統領選挙において民主党のヒラリー・クリントンに対する大ネガティブ・キャンペーンを張った事で知られている。不正な手段を使って大量の個人情報を収集し、そこに対して恐ろしいまでに精緻なデータアナリティクスと、心理学的アプローチを駆使して、十万通りを超えるFacebook広告を手を変え品を変え流し込んだ。その結果、両陣営がゼロコンマ数%の僅差で戦っていた選挙戦でトランプに勝利をもたらしたというわけだ。

 

AI ミーツ ポリティクス、ファイナンスの世界にAIを持ち込み最強の富豪となったマーサーは、今度は政治の世界にAIを持ち込んだ。結果、ブレグジットを実現し、米国にトランプというモンスターを誕生させた。

これをディストピアと言わずして何と言おう。更にこれにロシアが関与しているとなったら、なんと世紀末的だろう。この所謂ロシア・ゲートは未だ調査が続いていて白黒付いていないが。

 

データによって富も、民衆の心や行動すらも操られる世界。それが今、我々が生きている2018年という世界である。

 

インターネットはもはや、成長産業ではない

iPhoneすなわちスマートフォンが世の中にデビューしたのは2007年である。以来10年余が過ぎ、そしてとうとう昨年、スマートフォン世界出荷数の伸びは止まった。対前年ゼロ成長である。自動車ですら2%成長しているのに、である。

インターネット利用者人口もまた7%とそれまでの二けた成長を割り込み、ダルな低成長時代へと突入した。トレンドから見て今年は5%、来年は3%といった具合だろう。

かつ、その低成長ですら新興国の地方都市におけるそれによってもたらされているのだから、先進国や、新興国でも都市部においてはインターネット人口成長率は完全にフラット化している。

 

加えて、産業として見れば、そのパイを米国5社と中国2社のプラットフォーマー寡占企業群が牛耳っている。

プラットフォーマーがインターネット経済圏を水平統合的に寡占する事で、彼ら7社は既に巨大であるにもかかわらず引き続き高い収益成長を保持している。故にあたかもインターネット産業は今だ成長産業であるような錯覚にしばしば人々は見舞われる。しかし彼ら以外にとってはそうではない。それが不都合な真実である。

 

インターネットの実質的な登場は1994年のネットスケープの誕生であるが、そこから四半世紀たった今、インターネットは産業として成熟した。歴史的、一般的に、一つの産業の旬は30年で過ぎると言われている。そう考えればごく自然な結末とも言えよう。

 

では、インターネットが成熟産業化してしまった今日において、世界に星の数ほど生まれているスタートアップはどこに向かっているのだろうか。莫大な投資資金はどこに向かっているのだろうか。

答えは簡単、「インターネットの外」である。医療、交通、物流、教育、金融、等々リアル世界をテクノロジーによって再定義する競争が始まっている。

現在の世界スタートアップ時価総額ランキング上位から、Uber(交通)、Didi(同)、Xiaomi(製造)、美団点票(出前)、AirBnB(宿泊)と、トップ5の全てが「インターネットの外」が主戦場のビジネスを展開している。

 

もう一つ、「インターネットの外」とともにポスト・インターネット成熟期の第二のフロンティアがある。「地方」である。

AmazonやAlibabaはウォルマートや世界に無数にあるショッピングモールの合計よりも遥かに大きくなった。にもかかわらず人々はしょせんEコマースでは2割程度しか買っていない。8割はフィジカルな店舗で買う。そしてその比率は地方の2級都市、3級都市ほど高い。ここに膨大なフロンティアがある。その世界はそう簡単にオンライン化も、IT化もしない。この「地方」こそネクスト・フロンティアである。ここに今、中国勢を筆頭に、欧州のソーシャルインパクトファンド等、世界の金が流入し始めているのである。昨今の流行り言葉、フィナンシャル・インクルージョン(金融包摂)などもこの文脈である。

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モビリティ革命

あらゆる産業がデジタル・トランスフォーメーション(ITによる再定義)している今日において、その中でもっともそれが急激かつ大規模に起きているのがモビリティ・インダストリーである。

自動運転やシェアリングとともに、EV(電気自動車)は世界のモビリティ産業に巨大な地殻変動を起こしているが、その勝者はテスラではない。中国深圳にある、バークシャーハサウェイも投資するBYD社である。

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またその駆動源たるリチウムイオンバッテリーを最もたくさん売っている会社もまた、もはや日本のパナソニックではない。中国CATL社である。

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何故モビリティ革命において中国がこれほど強いのか。 理由は「リープフロッグ―段階飛ばし―」である。

パラダイムシフト期における競争では、持てる者より持たざる者が有利である。サンクコストが小さい、切るべき雇用も無い、既得権益も無い、守るべき法律すらない。新パラダイムへの移行コストがはるかに小さいのである。

世界に通用するレベルの自動車産業を持たなかった中国は国を挙げて一気にEVシフト(リープフロッグ)を決め、補助金を出し、優遇税制をしき、ガソリン車を締め上げ、その間に保護貿易で外資をシャットアウトして自国にEV・バッテリ産業を育成した。そして勝ち筋が見えたところでついこの前ようやく外資開放を決定した。既に「勝負あった」というタイミングになってからである。

この中国のビジネスモデルに地球上で勝てるものはもはやいないだろう。ピーター・ティールよろしく「アンフェア・アドバンテッジ」による非競争戦略である。同じ事が他のあらゆる産業分野で起きている。

 

世界のテクノロジー倉庫、インド

このように世界に中国旋風が吹き荒れている一方で、インドの風もなかなかに強い事は実態より世間の評価が低い。なぜか。 インドが米国経済の一部として完全にビルドインされていて外目には区別がつかないからである。

具体的に説明しよう。シリコンバレー人口のざっと3割はインド人である。米国の移民一世が創業者のユニコーン企業の中で最も多いのはインド人企業である(Internet Trend Report 2018)。世界時価総額トップ5うち2社はインド人CEOが経営している(Microsoft サティアナデラ、Google スンダルピチャイ)。世界中のテックを札束で買い漁っている世界最大のファンド、ソフトバンク・ビジョン・ファンドのトップもラジーブ・ミスラというインド人である。

世界で最も売れているAIの脳みそ、エヌビディアのGPUの設計はインドで行われている。世界最大の通信機器メーカー、シスコの最新機種もインドで設計開発されている。他にいくらでも裏付けるデータがある。米国をけん引するテックエコノミーは、インドというテクノロジー人材輩出装置によって駆動しているのである。

 

またインド企業であるにも関わらず自らを「シリコンバレースタートアップ」と呼ぶ会社も多い。そのほうがお客にも投資家にもウケが良いからに過ぎない。実態はインド・バンガロール企業である。

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以上の通り、我々が生きる現代世界を支配しているテクノロジーを見るときに、中国同様にインドを押さえない限り本当の世界を見ているとは言えないのである。

 

大企業はスタートアップの敵から、最大の支援者となった

一昔前はスタートアップにとって大企業は打ち負かすべき敵であった。AppleにとってIBM、Amazonにとってウォルマートは敵であり、大企業にとってもスタートアップは脅威であった。しかしその戦は今、オープンイノベーションという御旗のもとに終戦を迎えた。むしろ大企業はスタートアップの最大の支援者となった。

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大企業の無尽蔵な資金バックを得て、スタートアップはどんどん肥大化する。肥大化したスタートアップは無尽蔵に大企業の資金を吸収し、燃焼し、ひたすらにトップライン(流通総額、グロス売上)だけを追求する。結果、そのレールに乗った片手に余る一握りの「デカコーン」が全スタートアップ資金調達額の圧倒過半を独り占めする「Few takes almost all」現象が世界中で起きている。格差社会は個人単位のみで起きているのではない。企業単位でも格差は世界に蔓延しているのである。未上場企業も、上場企業も、である。

 

過剰流動性とスタートアップの共犯性

スタートアップの資金調達額は、株式市場の高低と完全に連動している。

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ウォールストリートが良いときは、西海岸のテックスタートアップも栄える。逆も真。しかしそのアップ・ダウン・サイクルの中、この10年はほぼ一本調子で上げている。理由は何か。

過剰流動性である。

 

 

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一目瞭然に、前回の景気の谷からまさに異次元のマネー世の中に大量に放出されている。

そしてこれに連動して、スタートアップの企業価値が急騰している。

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イノベーションや技術進展は、確かに高い価値を世の中にもたらしている。しかしながらそれ以上に、余り過ぎたお金がスタートアップの株式の値段をインフレさせている要因のほうが遥かに大きいのである。

 

米国はいま、金融引き締めに入った。今のところはそれを吸収して引き続きブル市場であるが「まだはもうなり、もうはまだなり」相場の格言通り、これがいつ反転するかは最も賢い人ですら、誰にもわからない。

たった一つ分かることは、「備えあれば憂いなし」。備えに関してはちょうど10年前の2008年、世界最高峰VCのセコイアキャピタルが全ポートフォリオ企業に宛てたこのレターが、普遍的に有効ではなかろうか。

図1

Letter from Sequoia Capital to their Portfolio companies in 2008 

 

本記事は2018年6月14日に香港で開催されてたアジア・リーダーズ・サミットにおける講演内容のダイジェストです。講演で使用した全スライドは下記SlideShareリンクへ。同内容の講演依頼は、こちらまで。