ヴィンテージ2020にネイティブな将来のグレイトカンパニー

我々ファンド業界ではよくヴィンテージ、英語ではVintage Yearという言葉を使う。そのファンドが最初に組成された年の事を表す言葉であるが、もともとはワインを作ったその原料のぶどうが収穫された年を表す言葉から来ている。

不況年ヴィンテージのファンドパフォーマンスは本当に良いのか

ワインのヴィンテージに善し悪しがあるように、ファンドのヴィンテージにも善し悪しがある。

「不況年ヴィンテージのファンドパフォーマンスは良い」とよく言われるのだがそれがジンクスなのか、統計的に正しいのかを見るならば、ファクトでいえばアメリカでベンチャーキャピタル全体の過去30年のパフォーマンス上で最もパフォーマンスの悪いヴィンテージは1999年であり、それはドットコムバブルの真っ最中で株価がうなぎ上りな時だった。逆に最も良いヴィンテージは2010年、この年はリーマンショック後に株価が大底を打った2009年から復活し始めた年であり景気は下の中といったところだろう。では過去30年で景気的にも株式マーケット的にも最悪の年であった2002年と2009年ヴィンテージのファンドパフォーマンスはどうだったかと言うと、結論「あまり良くはない」である。いずれも前後数年のパフォーマンスを下回っているのである。この理由を推測するに

  • 上場マーケットと未上場アーリーステージの株価との連動にはやや時差がある事
  • ファンド組成してから投資組み入れまでには2-3年(最近はもっと早いが)かかる事
  • 売却時期はそこからさらに5年前後かかるためその時の市況に影響される事

などだろう。そのような事でヴィンテージと景気の相関はそう単純ではなさそうである。

将来のグレイトカンパニーとなるスタートアップの誕生とその年の景気の相関はあるのか

もう一つジンクスがある。不況の時に産まれた会社はその後に大きく飛躍する事が多い、というジンクスである。

例えばリーマンショックは2008年9月だがその年に産まれたのは直近こそCovidで苦戦しているもののその直前まで米国ユニコーントップに輝いていたAirBnB、マイクロソフトが8千億円の巨額で買収したGithub、また翌2009年はダウが大底の7000ポイント台まで下落した年であるがSlack、Uber、Square、Whatsappらが誕生し、2010年になるとInstagramやPinterestなど、文字通りきら星のスター企業たちがこの期間に誕生している。

このような事例をもって「不況に生まれたスタートアップは成長する」と巷間言われる向きも多い。

しかし一方でGoogleが産まれた1998年はドットコムバブル花盛りの好景気、Facebookが産まれた2004年も前年のイラク戦争不景気から回復期にあり決して不景気とは言い難い。

こちらも結論は、不況時にメガスタートアップが産まれるという傾向は統計的に有意とは言い難いだろう。不況下に産まれて大きく花咲く会社もあればそうでない会社もある、そしてそれは好況下もしかり。その差がどちらかに大きく偏っているという事実は無いだろう。しかし逆に言えば、不況時がスタートアップを始める時期として不利という事もない、という事は決して悪くないニュースである。

本当の相関関係は新ビジネスプラットフォームの誕生との間にある

しかしここで終わってはつまらない。上記のデータ事例からは実はもっと重要な別の示唆がある。

インターネットの実質的な誕生は1994年、ネットスケープというブラウザの誕生である。軍事用途の時代を含めてそのはるか前から存在していた事は周知の通りだが、企業人含めて世界の人々にとって1994年以前はインターネットが無い時代、以降はある時代、その年が不連続な断絶が起きた瞬間である事は明白である。

そしてこの年にAmazonとYahooが誕生し、翌1995年にはeBay、97年にはNetFlix、98年にはGoogle、99年にSalesforceと、インターネット誕生年から5-6年以内に現在の世界時価総額上位の企業が誕生している。

 

第二にスマートフォンの誕生、2007年である。

ジョブスがステージ上で華々しくiPhoneを世に問うたその時が人類がスマートフォンをはじめて手にした瞬間であるわけだが、その翌年2008年には既にAndroid OSの初版がリリースされている、そして大事なことはApp Store、Google Play、いずれのアプリストアも同2008年に誕生している事である。そこから一気に我々人類はスマホアプリの世界へと導かれ、たかだか10年そこそこで地球上の人口のほぼ半分、インドやアフリカも含めた都市人口の約30億人がスマートフォンを経由してインターネットアクセスを手に入れた。

同年2008から3年の間に産まれたのが上記で確認した通り、AirBnB、Github、Slack、Uber、Square、Whatsapp、Instagram、Pinterestらであるが、ディベロッパー向けGithubとB向けSlack、Squareの3社を除きいずれもスマホアプリネイティブのサービスである。Facebookの設立は2004年とPC時代であるが、3年後のスマートフォンの誕生が無ければトイレにいようが寝転がっていようが片時も離さないスティッキネス、エンゲージメントを獲得しPCオンリーのインターネット人口よりもはるかに多い26億人のアクティブユーザを獲得した理由は説明できない。

 

つまり、グレイトカンパニーの誕生とは景気に相関するのではなく、新たに生まれるテクノロジー上の大きな変化、新プラットフォームの誕生に対して相関している事が確認される。時価総額世界上位5社中3社を占めるAmazon、Google(Alphabet)、Facebookはいずれも新プラットフォームたるインターネットまたはスマートフォンの誕生から4年以内に産まれたないしは成長期を迎えた会社である。また今後そのポジションをうかがうライジングスター、世界中の誰もが知っているインスタやワッツアップやUberやAirBnBらも同様だ。これは明確に統計的有意な相関と言えるだろう。

もっとも、けだしこれは当たり前と言えば当たり前である。いつの時代も新たなプラットフォーム、新たな社会現象が新たなメガ企業を産む。

グラハムベルが1870年代に実用的電話を発明し、これにより自らが1877年にAT&Tの前身たるベル研究所を設立した。その後長きに渡り世界の時価総額トップを占めるAT&Tは通信という新プラットフォームの誕生によりもたらされた。

同じく電力系統を1870-80年代に次々に発明、実用化したトーマスエジソンも直後の1889年にGEを設立している。その後世界経済に長らく君臨し続ける同社もまた発電、変電、送電といった電力系統というビジネスプラットフォームの登場によりもたらされたのである。

 

では我々が生きる2020に見出すべき相関関係は何か

問題は我々が今この時を生きている2020年である。

明確に不況であり、過去10年の株価の大底を打った年に我々はいる。

しかし上記で見た通り将来のグレイトカンパニーとなるスタートアップの誕生とその年の景気とは必ずしも相関は無い。

ではこの2020年に、相関を見出すべき新たなビジネスプラットフォームが誕生したと言える状況にあるのだろうか?

答えは、YesでありNoだろう。

第一に、今年に産まれかつ数年の短期で一気に花開き社会に大きなインパクトを与えうるようなテクノロジーは思いつかない。

第二に、がしかし時間軸を過去5年程度引き延ばせばそれは誕生している。AIである。AIの「誕生」を議論すればキリがない。ブームが何度も起きては立ち消えたわけであるので、インターネットがそうであったのと同様に人々が生活やビジネスに実際に活用しうるようになった「実用化」の年を乱暴に言うならば私はそれは2016年だろうと思っている。あくまで象徴に過ぎないがAlphaGoがイ・セドルに勝利した年である。その前後からAIが「研究の対象から開発の対象」となり、さまざまな産業においてビジネスに活用がなされていった時期である。

第三に、これが最も重要な論点だがDX、デジタルトランスフォーメーションである。DXは今年生まれたわけでは無論ない。それが初めて提唱されたのは2004年とされまた例えば日本の経産省がDXレポートを発表したのは一昨年2018年であり過去数年かけて盛り上がってきた概念である。がしかし問題は、前回の投稿で論じた通りそれが今この瞬間において極端に、人工的に、全世界的に壁のような垂直カーブで伸長している点である。これはインターネットやスマートフォンのように新たなテクノロジープラットフォームとは必ずしも言い難いかもしれないが、少なくともいくつかのテクノロジーによって構成されている新ビジネスプラットフォームとは言えるだろう。

第四に、これは新たに生まれたプラットフォームという議論とはやや離れるが、人類・社会に起こったそれまでの連続性と極端に異なるインシデント、という意味では75年前の世界大戦以降で最大である点である。そのような歴史的インシデントがビジネスやスタートアップに影響を与えないわけがない事は直感的に誰しもが考える事だろう。遠大過ぎるテーマにてここでは深く触れないが戦時・戦後に現在の日本経済を代表するグレイトカンパニーの誕生を多数見たように、それが2020年においても再現される可能性をみるほうが自然というものだろう。

新プラットフォームに対してネイティブな生物が勝つという法則

最後に、これらを総合した2020年を起点とする新世界に対して「ネイティブであるか否か」、これが決定的に重要なファクターである。

Amazonがなぜそれ以前に生存していた巨大企業たちが試んだEコマースをばったばったとなぎ倒して勝利したか。GoogleやMicrosoftはその数十倍小さかったFacebookを模倣してソーシャルネットワークビジネスに大枚をはたいて参入した結果なぜ無残に敗退したのか。メルカリは既にヤフオクも楽天もあったのになぜメガサービス化し得たのか。

これらはいずれも、新プラットフォームの誕生の後に新たに生まれた生物であるから、すなわち新プラットフォームに対してネイティブだから、が答えである。無論それぞれの経営エクセレンスが前提である。同じ時期に似たことに挑んだ会社は沢山あった。しかし問題は、それ以前に生存していたもの、規模が遥かに大きいものとの戦いに勝ったことである。その理由はネイティブか否か、その一点である。

この点を上記に論じた2020年ないしはその前後に新たに生誕しつつあるビジネスプラットフォームにプロットして考えるとどうなるか。

すなわちそれは、AIネイティブ、DXネイティブ、そして今の極端なソーシャルディスタンシング世界に対してネイティブなビジネス、という事になるだろう。

ヴィンテージ2020に新たに誕生したプロダクトやサービスは、AIとDXとソーシャルディスタンシングにネイティブであり、そのような会社が将来のグレイトカンパニーとなる

これが本投稿が提起する仮説である。仮説が正しかった、と検証される2030年を私は見たい。