2011年は、東南アジアでの投資育成活動を本格化し、私にとっては変化に富んだ年であった。社会全体もまた、言う までもなく大変な年だった。

2、3年あたり前から海外事業につき着想し、諸々準備をしてきて、いざ春先に具体的に動き出そうとした矢先、3月11日はやってきた。
私の実家は東北にある。

幸いにして内陸部のため家族や知り合いに直接の被害はほとんど無かったものの、随分と凄惨な話を見聞きした。
ショックだった。人生というものについてずいぶん考えさせられた。
そして正直、迷った。
この状況で自分だけが日本を出て、新しい事をやるのが良い事なのか、分からなくなった。なにか罪悪感のようなものすら感じた。
むしろ起業支援なら、東北に戻ってやるべきではないかとか、真剣に考えたりもした。

しかし最終的には4月には諸々の準備を整え、アジアでの投資活動を本格始動するに至った。
自分の本分を全うすべきではなかろうかと、思ったからだ。
震災の前から、日本は良くない方向に向かっていると思っていた。誰もが多かれ少なかれそう感じているだろう。

我が子が成人する時、いったい日本はどうなっているのだろうか。

ほとんどの産業、職業において国際化や自由化が進み、新興国との競争に晒され、その結果、日本人の給料は下がり、雇用が減って、失業が増えるだろう。 確かに震災は凄惨な現実を叩きつけたが、震災があろうがなかろうが、この危機は厳然として目の前に立ちはだかっていた。

そういう自覚があるならば、そうなる前にこちらから新興国に打って出て、基盤を構築し、力を培い強くなって、そのうえで日本で、世界で生きていこう。
また、そんな人が一人でも多く行動するならば、決して暗い未来ばかりではないだろう、そう思った。
そして実際、アジア諸国に出向いてみると、実に多くの優秀な若い日本人が活躍していた。 またこれから海外に打って出んとする多くの若い人々にも出逢った。
嬉しかったし、誇らしかった。 マスメディアや一部のソーシャルメディアで垂れ流される悲観論や若者内向き論など、ゴミ箱に捨ててしまったら良いと思った。

自覚ある優秀な才能は、四の五の言う前に、既に海を渡って、あるいはそのために虎視眈々と準備をしているのだ。

2011年は日本人にとって「海外再進出元年」であった、そんな気がしている。

かつて80年代、日本は世界を席巻した。

「ジャパニーズビジネスマン」はアフリカでもアジアでもどこにでもいた。現在の中国がそうであるように、世界から、とりわけ米国から覇権を脅かされる存在として恐れられ、叩かれた。それ程に強かった。

再びそうなるかはともかく、少なくとも再び日本が世界に打って出て、今より強さを取り戻す可能性は十分にあると感じている。事実、自分の仲間や周囲のスタートアップコミュニティにおいても実に沢山の人々が、既に海外に進出済み、または計画中、少なくとも強い関心と興味を持っており、それは昨年にぐんと加速した感がある。 もちろんソーシャルメディアの普及による情報波及もそれに一役買っているのだろう。

自分も、少しでもそのような国内における情報やインスパイアの媒介的な貢献ができれば幸いであり、そのために本年は日本での情報発信活動も、もう少し活発化してきたいと思う。

今年は、引き続き混沌が続くだろうが、世界経済は幾分良い方向に向かっているようだ。
政治は相変わらず失敗が続くだろう。日本だけではなく先進国のほとんどが、新しい社会構造を模索する時期が十年単位で続くのだろう。
そういう時期に、国や社会や景気などといった外部環境に期待していては、失望のみが待ち受けているのだろう。
自ら活動し、自ら切り開く以外に道はないだろう。
よって、今年も、チャレンジを継続していきたいと思う。